夜桜とりんご飴

 桜が満開である。

 自分としては、満開の桜より少し散って葉桜になったくらいが好きなのだか、
このこんもりとした淡いピンクの花ももちろん嫌いではない。
 仕事帰りの駅からの帰り道では、夜桜が楽しめる。電灯の明かりに照らされて桜は昼の健康的な美しさとは違う、艶かしさを漂わせる。

 小学生の頃、父の仕事の関係で愛知県の新興住宅地に住んでいた。春になると、近くの山で夜桜のお祭りのようなものがあった。記憶が曖昧なのだが、夜になって家族で出かけ、夜桜を見物しながら散歩するのがそこでの春の恒例であった。とは言え、まだ小学校低学年だった僕は無論「花より団子」である。
 普段はなかなかおやつを買ってもらえなかったから、こういうお祭りでの屋台のりんご飴は格別だった。夜桜以上にりんご飴の着色料で真っ赤になった舌を兄と見せあいながら
笑いあっていた物だった。時にはりんご飴を落としてしまったりと言ったアクシデントがあり、泣いたりもした。帰りにりんご飴やの方をじっと物欲しそうに見ていた記憶がある。
 その頃の記憶を辿ると、当時はあまり意識しなかったが、アスファルトで舗装された坂道の両脇に屋台が並び、その上には夜桜が広がっている光景が浮かんでくる。
 果たしてこれが正確な記憶かどうかは分からないけれど、情景として浮かんでくるのは暗い空の中に浮かび上がるピンクの花達と細い電線でつなげられた電球の黄色っぽい明かりだ。そして、りんご飴の表面のかりっとした部分と、もうボソボソになってしまっているリンゴの食感が口の中で思い起こされる。
 その頃見た夜桜の記憶は「かっこいい何か」だった様な気がする。夜桜見物をしている自分を何だかとても大人びた事をしているような気がしていた。

 今年はまだ無理だけど息子が歩けるようになったら、夜桜を見物にいこう。
 この辺りじゃ、りんご飴なんて売ってないだろうけど。